はしご 電撃 ライオン



 ライオン投げは危険な種目である。
 しかし、魅力的な種目でもある。
 なにせ、ライオンをぶん投げるのだ。しかも、強力な電撃が巡らせてあるはしごを駆け上がってから投げるのだ。これはもう死ぬ。馬鹿みたいに死ぬ。だから馬鹿しかやらない。だがオリンピックの種目だったりする。そして莫大な人気を博していたりする。きっとオリンピック評議会も選手も観客も皆みんな大馬鹿に違いない。
 ライオンを投げるにはまず捕まえてこなくてはならない。何処から? アフリカから。もしくは動物園から。アフリカ産の方が飛距離が出ると言われるが、本当のところは誰も知らない。ちなみにオリンピック選手はみんな動物園からかっぱらってくる。そのせいで動物園は四年に一度ライオン不足に陥る。
 さて、ここに一人のライオン投げオリンピック選手であるところの山田さんという人がいる。彼は幼い頃からライオン投げを練習していたわけだが、当時はまだライオン投げという種目は存在していなかった。つまり山田さんはものすごい馬鹿ということになる。
 山田さんは練習の甲斐あってオリンピックフランス代表に選ばれた。何故フランスなのかというと彼はキャビアが好きだからだ。それだけで彼はフランス国民になった。ちなみに彼の血筋は純粋道産子である。今日はオリンピック三日目。ライオン投げが行われる日である。山田さんの投げっぷりを観察しながらライオン投げの楽しみ方及びルールを説明してみよう。
 選手入場。もちろん既にライオンを小脇に抱えている。大型のオス。小脇に抱えるほどの力がないとこの選手は務まらない。しかし、動物を手なずける腕は皆無でかまわない。もしライオンが攻撃してきても山田さんの卓越した身体能力を以ってすれば全てかわし受け流すのなど造作もないからである。競技が行われるトラックには出初式に使うようなグラグラの細いはしごがしつらえてある。竹製で、銅線がぐるぐるに巻きつけてあり、高圧電流が流れている。もし銅線に肉を乗せればあっという間に焼肉になる。油を敷かないとすぐに焦げ付くので注意が必要だ。山田さんはゴム製の手袋をつけているので大丈夫だ。多分。選手ははしごから二十メートル離れた地点から助走をつけ、一気にはしごを駆け上がり、てっぺんからライオンを投げる。投げた瞬間、はしごがひときわ大きく揺れまくり、観客はハラハラする。しかし安全対策がしっかりしてるのではしごは決して折れない。ちなみに安全確認をしているのはライオン投げが大好きな職員なのでつまり馬鹿であり実はあまりあてにならない。山田さんは常に命がけなのである。
 山田さんは考える。世界記録であり山田さんの自己最高記録が76メートル58センチ。山田さんは実は世界一凄い。同時にこれは世界一馬鹿だという意味である。この記録を破るにはどうすればよいか。山田さんは競技開始前のわずかな時間に考える。つまり、ライオンの足が地面につかなければいいのだ。ライオンのどれかの足がつく前に、その足を上げればいい。しかし他の足がすぐについてしまうのでそれも上げる。以下繰り返せば永遠に空中を歩けるので、この理論に則れば記録は天井知らずである。でも地球を一周してきたら記録がマイナスになるかもしれない。そうなったら困るな。でも冷静に考えてみれば地球を一周するはずもなく、宇宙に飛び出すはずだ。いや、そしたら記録が計れなくなってしまう。
 山田さんは困り果てた。が、手の中で暴れるライオンをぶん殴って静かにさせたところで我に返った。しまった。いかん。これではライオンが空中で歩いてくれない。容赦なく開始の合図が鳴る。山田さんは一流選手である。プロである。世界一の大馬鹿である。瞬時に覚悟を固め、全力で走った。全力ではしごを駆け上った。全力で――ライオンを投げた。はしごが揺れる。ライオンは空高くすっ飛んで行き、足をばたつかせ、奇麗な放物線を描き、着地した。かろうじて足から落ちたが、ぐきっ、と嫌な音がした。が、大歓声にかき消された。何故なら、誰の目から見ても80メートルを超えていたからである。世界記録の更新に、その場の人間たちの心が一つになった。
 ライオンの心も一つになっていた。同族の足が折られたのである。怒らないはずがない。もともと山田さんはライオンに対し、極度の不快感を与える顔をしているのである。これはもう仕方がない。ライオンたちは、控えの選手の手を食いちぎり引きちぎり、山田さんの下に殺到した。山田さんは堂々とはしごから飛び降りると、ヨガとシンクロナイズドスイミングをごちゃまぜにしたようなポーズを気狂いにやらせたらこんな感じだろうなあ、という構えを取ると、ライオンを次々になぎ倒し始めた。だが所詮は多勢に無勢。山田さんは十三頭目のライオンのたてがみをあらかた抜き終わったところで首を噛み千切られた。哀れ山田さんの選手生命は人生そのものと一緒に消え去ってしまったのだった。
 またしても大歓声が上がる。観客は総立ちで歓喜と興奮を露わにする。何しろ、こういうちょっとしたハプニングこそ、ライオン投げの醍醐味だからだ。



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