お前らは小麦粉を成型した錠剤でも飲んでりゃ眠れるんだよ



 おお、まるで100歳若返ったかのようだ。
 おお、まるで100回生まれ変わったかのようだ。
 おお、まるで100年眠り続けたかのようだ。
 おお、まるで100人殺したかのようだ。



 神戸の震災でおばあちゃんはダンナを亡くした。家も無くした。七十歳だった。おばあちゃんは途方に暮れた。でも犬がいた。子犬の頃から可愛がっていた柴犬がいた。八歳だった。おばあちゃんは途方に暮れるのをやめた。生きていこうと思った。仮設住宅での暮らしが始まった。一人と一匹の生活は楽なものではなかったが、穏やかであった。同じ仮設住宅の住人たちと接することが支えになった。感動的なほどに。数年が過ぎて、おばあちゃんに市営住宅への転居の話が持ちかけられた。仮設住宅での生活は楽なものではない。おばあちゃんは喜んで引越しの準備を始めた。一人と一匹の引越しは荷物も少なく簡単なものだった。しかし住環境はよくなってもある部分が欠落していた。隣近所との交流がほとんどないのが寂しくてたまらなかったのだ。いつも隣を歩いてくれた柴犬は十歳を過ぎていた。頭を撫でると柴犬は目を細めた。おばあちゃんは地震のことが忘れられなかった。街が復興しても、テレビが報道をやめても、決して忘れることはなかった。さらに数年が過ぎた。一人と一匹は穏やかに暮らしている。最近、犬は足腰が弱り、散歩コースは縮小され続けている。顎も目も弱り、食事中は粗相が多い。自分と同じく老いてゆく犬が寂しく痛ましく恐ろしく、そして愛しかった。震災から八年が過ぎた。おばあちゃんは七十八歳になった。ダンナと家が消えてなお隣を歩いてくれた柴犬は、ある晩、いつものように眠りにつき、そして二度と起きることはなかった。十六歳だった。おばあちゃんは誰とも話せなくなった。誰とも会いたくなくなった。何もできなかった。時間が止まってしまった。心が止まってしまった。しかし命は止まらなかった。数か月かけて再び動き始めた時間は、おばあちゃんにゆっくりと、とてもゆっくりと独りであることを認めさせていった。死んでしまったダンナの遺影の隣に、犬の写真が飾られた。出しっぱなしになっていた、いつも犬が寝ていたマットや噛まれても舐められても持ちこたえた餌箱や洗濯しても落ちない汚れがいっぱいついた引き綱は丁寧に片付けられた。神戸の震災から十年目の新年、おばあちゃんは八十歳になった。まだ生きていようと思う。何がしたいとかじゃなく、人が好きで、生きるのが好きで、それらに触れるのが好きだから。



 さて、困ったことにタイトルを書いている間に本来何を書こうとしていたのか頭からすっ飛んでしまった。これは実に困った。つまり、ベランダのある地点でのみ受信できた遠い地方の好きな深夜ラジオがある日突然受信できなくなってしまったようなものだ。寒さと暗さと眠さに耐えても聞こえてくるのはノイズばかりの物悲しさである。少年は原因を妄想し、きっとラジオ局とベランダのある地点の間に建築法とかを無視したデカいマンションが建ったに違いないのだ、と結論付けた。それをきっかけに少年は旅立ち、鞄にはマンションを破壊するためのハンマーとバールのようなものがスペアを含めて三セット入っている。もちろんラジオも入っている。快晴のくせにクソ寒い日だった。少年はここと定めた超高層マンションと対峙した。右手にハンマー。左手にバールのようなもの。男の仁王立ちだった。「お前のせいで電波来ないんだよ! 死ねよ! 崩れろよ! デブだけど面白いんだよ!」と怒鳴り、少年はハンマーをマンションに叩きつけた。バールのようなものを振り下ろした。バールのようなものは角度が悪くインパクトの衝撃で手からすっぽ抜けた。少年はスペアを鞄から引き抜こうとした。戦況は絶望的だった。しかし、バールのようなものが地面に落下した瞬間、マンションはダイナマイトで専門業者が解体したかのように崩れ去った。超高層マンションは瓦礫の山と化した。瓦礫の山は休む間もなく崩れ続け砂の山になった。巨大建造物の破壊が竜巻を発生させ、砂は一粒残らず空中へ巻き上げられた。少年は思う。きっとあの砂はサハラ砂漠まで運ばれ、砂という名の集団無意識に飲み込まれるのだと。少年が大人になった瞬間だった。男が呟く。ハードボイルドに。
「ラジオ、砂で壊れちまったかな」



 小さくてひんやりしていてぼんやりと輝くキカイを手に入れた。私はこれを大事にしなければいけないと思った。机の隅に置いて、一日一回の充電と油注しを欠かさなかった。一日二回のスキンシップを欠かさなかった。私はキカイを撫でた。キカイは小さくてひんやりしていてぼんやりと輝いていた。しばらくしたらキカイは小さくてひんやりしているのに強く輝くようになった。私は嬉しくなり、次に不安になった。そんなに頑張らなくてもいいよ、と思った。



 僕の子犬がいなくなった。小さくて温かくて手足が太かった。子犬を探しながら考えた。どうしていなくなってしまったのだろう。ゴハンが不味かったのだろうか。家が狭かったのだろうか。僕のことが嫌いだったのだろうか。僕の子犬がいなくなってしばらく経った。諦めないことだけが僕が僕の子犬に対してできることだった。しかし、きっと僕の子犬は「僕の」でも「子犬」でもなくなっているのだろうな、と思った。



 我々は、と、書こうとして、我は、と三回、タイプミスを行い、やはり、嘘は、つけぬものだと、反省しきり。我は、我は、時と、空を、泳ぐものなり。我は、時と、空が、有限であると、確信するものなり。我は、時と、空の、果てを、絶望と共に、見つめるものなり。我は、時と、空の、奈落の恐怖に、怖れ、震え、逃げることも、戦うことも、迷いのうちに、選択を、選択を、
 くずおれることなく、立ち上がり、歩き続けるには、我、
 死を、



 ある日強盗の人が「手を上げろ!」と言ったのでその通りにすると自動的に指先が機関銃になり何だか色んなものが発射され、6秒で弾切れになってしまいました。次に強盗の人は「なんてヤツだ……このロープで足を縛れ」と言うので私は座り込んで足を揃えてロープでぐるぐる巻きにしようとしたのですが、足がロケットになって空を飛び3分で燃料が切れて地面に激突しました。「なんだよお前! じゃあこのガムテープで口を塞げ」と言うので口を閉じてガムテープを貼ろうとしたらエネルギーの充填が始まってしまい、1.21秒で準備が整い口から荷電粒子砲が出ました。9秒ほど発射し続けていたら口内炎ができたので私は撃つのをやめました。強盗は跡形もなく消し飛びました。こんな恐ろしい兵器は使ってはいけないと思い、それ以来補給活動を行っていません。丸腰です。



 図書館だか古書店だかに訪れる夢を見た。
 その本が詰まった建物は古い木造建築で下町風でありながら西洋テイストが取り入れられていて狭い道に面していて周囲には同じような建物が並んでいて湿っぽく床なんか今にも踏み抜いてしまいそうで本は毒と埃が染み込んでいそうなシロモノばかり。
 一階はそれなりに「本を陳列して読ませる場所」としての体裁を成しているのだが、二階へ上がるとなんだかもう廃屋に本が転がしてあるだけ、という感じで、すすけたアンティーク風の食器棚に分厚い本が平積みにしてあったり、抜けた床を囲うように本が積んであったり、木箱に座ってじっと本を読む少女がいたりした。窓の下にうずくまって本を読む男がいた。部屋の隅で本を読む奴もいた。私は本を手に取ることもなく、どうやら別の目的があるようでどんどん建物の奥へ進む。視点が突然建物全体を見上げる位置になり、そこは入り口から見た光景と異なり、周囲に建物なぞなく、草ぼうぼうの空き地が広がるばかり。嘘臭いくらいさわやかな風と太陽があった。本の詰まった建物は一つの棟と一つの渡り廊下から成り、しかし渡り廊下に続くはずの建物は存在しなかった。窓ガラスはところどころ割れていて、壁は荒れ放題だった。外からでも中の本と人が確認できた。
 私はいつのまにか建物の中に戻っていて、しかももうすぐ夜でなおかつ誰かに追われていた。相棒の女の子にせきたてられて、脱出を試みる。何故かピカピカの冷蔵庫が置いてあって、私は中からお中元にもらうようなハムを取り出して逃げた。(このへんから記憶が曖昧なのだが)本を蹴り飛ばしながら外に出るとそこは運河で帆船が置いてあってそれに乗って逃げようとするのだが……するのだが、どうしたんだっけ?


 ある日私の家に両手にハサミを持ち目が互い違いで金歯の男が押し入ってきて、「グエッヘッヘお前のお前のお前のお前の幼児期の写真をよこせよこせ今すぐよこせ全部よこせ!」と言いました。私は取引を持ちかけました。「百兆円でどう?」男は言いました。「ようし百兆円だ受け取れ」と金歯を一本折って投げよこしました。百兆円には少々足りませんが、まあまあ儲かったので幼児期の写真を渡してやると、「ウヘホヒハハハハ切ってやる切ってやる顔を切り抜いてやる!」と唾を撒き散らしながら叫び転げ周り幼児期の写真の顔の部分だけを次々に切り抜いて、跡にピーポ君の顔をはめこんでいきました。
 そんなわけで幼児期の写真はないのです。



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