風車小屋のおじいちゃん



 ここはファンタジー世界で、魔王なんかも住んでいた。
 魔王はもちろん世界を狙うのがスジであり、国々は魔王を共通の敵として一致団結した。
 しかし、全く歯が立たなかった。魔王は強いのだから当たり前である。
 最強の剣士がいた。
 名を氷柳という。大剣を振りかざし、あらゆるものをなぎ倒した。
 彼女はあまりにも強く、腕一本で国を滅ぼしただの、実は彼女自身が魔王だの、太古に造られたゴーレムだのといった風説が絶えなかった。当然全てでたらめで、彼女はれっきとした人間である。
 強さを買われた氷柳は勇者に祭り上げられ、単身魔王の城に向かう羽目になった。彼女はあっさり引き受けた。常識から外れた人間の常として、精神構造がどこか違うのだ。具体的にどこなのか、わかりはしないが。
 さて、立ちふさがる障害を片っ端からぶっ飛ばし斬りまくり、あっという間に氷柳は魔王の本拠地に到着した。ここまでの話はあまりに身も蓋もないため、語る方も聞く方も時間の無駄である。
 まあ、ここから先も似たようなものだが。
「ハハハ、よくぞここまで辿りついたな。お前一人か?」
「そうだけど」
 実は魔王は焦っている。まさか一人で乗り込んでくるバカがいるとは思ってもみなかったからだ。
「その度胸は褒めてやろう。だが貴様の運命もこれまでだ。死ね!」
「……楽しませてね」
 魔王は力の限り戦った。雑魚をありったけ繰り出した。喉が痛くなるまでブレスを吐いた。へろへろになるまで魔法を使った。向こう一週間の筋肉痛が確定するほど鎌を振り回した。
 しかし、氷柳は強かった。
 多勢に無勢だとか、喧嘩は三対一になればどう頑張っても勝てないだとか。そういった常識が一切あてはまらなかった。立ち向かう者は即、ぶった斬られた。
 そんなわけで疲労困憊の魔王だけが残った。
「我が力。
 我が技。
 我が剣。
 これ全て最強を自負するものなり」
 抜き身の剣を無造作に肩にかつぎ、もったいぶって氷柳が言う。
 これはただかっこつけてみたかっただけで、深い意味はない。
「待て! こんなんでいいのか? 貴様らの歴史はそんな手軽なものでいいのかっ」
 腰を抜かす魔王。
「いや、別に。詩人たちが面白くしてくれるよ。きっと」
 後ろ頭をかきながら氷柳が答える。
 そして暫く黙っていたが、ふと自分が魔王を倒しにきたと思い出した。
「必殺!」
「わあああああー!」
 叫んでみたものの、偉大なる勇者さまであるところの氷柳は必殺技なぞ考えてなかったので、普通に魔王を斬った。
 魔王は致命傷を負った。
 ちょっと演出が足りないかなと思ったので、
「これでいい。だがまたいつか……」
 意味ありげに呟いて、剣を納める。
「ぐふっ」
 こうして魔王は滅ぼされた。
 平和が戻ったのである。

 さて、共通の敵を失った国々はあっという間に仲たがいし、戦争に突入していった。
 それとは関係なく、氷柳は退屈だったので、ついでに神さまをぶっ殺した。
 するとまたしても退屈になった。
 新たな暇つぶしに向かったと思われるが、後の行方は杳として知れない。



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